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東京地方裁判所 昭和29年(ワ)11657号 判決

原告 東洋金属工業株式会社

被告 埼北貨物自動車株式会社 外一名

主文

被告等は、連帯して、原告に対し金二十万円及びこれに対する昭和二十九年十二月三十日から右支払済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

原告のその余の請求を棄却する。

訴訟費用は三分し、その二を被告等の負担とし、その余を原告の負担とする。

この判決は、原告において金七万円の担保を供するときは、第一項に限り、仮に執行することができる。

事  実〈省略〉

理由

原告主張の日時、原告主張の場所において原告会社被用者訴外渡辺久夫の操縦する原告所有貨物自動車と被告田部井一利の操縦する被告会社所有貨物自動車が衝突したことは当事者間に争がない。

原告は該衝突は被告田部井の過失に基づくものである旨主張し、被告両名は該事実を否認するのでこの点について判断すると証人渡辺久夫、同梅田秀男の各証言によつて成立が認められる甲第四号証、証人渡辺久夫、同須永重夫の各証言、被告本人田部井一利の尋問の結果によると、衝突現場は巾員約九米で非鋪装約十度の緩かな勾配道路で見透を妨げる障害はないが、当日は連日の晴天のため自動車の通過後は砂塵が立ち、本件衝突直前にも被告会社の先頭の自動車の通過によつて起きた砂塵のために見透が極めて悪く前方約五米程度しか見透せない状態であつたことが認められる。かゝる状態において一方から自動車を操縦して来て該衝突現場附近の道路を通過しようとする者は前方を注視し反対方向から進行して来る自動車に自分の車の進行を知らせるため警笛を吹鳴しライトを点滅すると共に、反対方向から突如自動車が現われても急停車してこれに衝突することを避け又は安全にすれ違うことができる程度まで予め速度を緩め、かつ道路の左側を徐行操縦する義務があるものといわなければならない。然るにこれを本件について見ると成立に争のない甲第九号証、同第十号証並びに被告本人田部井一利の尋問の結果によれば、同人は前の車が走つて起る砂塵が立ち込めて見透が極めて悪い状態にありながら警笛を吹鳴しライトを点滅することなく、僅かに風が南から北へ吹き砂塵が被告自動車の右の方から薄くなるという状態にあつたので、道路の中央部を時速二十五、六粁の速度で進行して衝突現場附近に差かゝつた際四、五米前方に反対方向から原告自動車が進行して来るのを発見し、これとの衝突を避けようとしてハンドルを右に切つたが間に合わず、原告自動車前部左側に被告自動車前部左側を激突せしめたことが認められる。被告田部井はまず警笛を吹鳴し、ライトを点滅すべき義務を怠り、道路左側を最徐行すべきであるのに時速二十五、六粁で道路中央部を進行し、更に原告自動車を発見するや、通常、ハンドルを左方に転じて原告自動車を避譲すべきであるのにかゝわらず、ハンドルを右に転じ本件事件を惹起したことが認められるから右は明らかに被告田部井の過失というべきである。被告両名は、被告田部井の前記自動車右転の措置は原告自動車との正面衝突を避けるためやむを得ずとられた緊急措置である旨主張するが、前記認定の如く被告は事前にかゝる事態の惹起を避け得たにかゝわらず、これを怠り衝突寸前の状態に突入したものであり、又ハンドルを左方に転じて原告自動車を避譲することが不可能であつたと認定するに足る証拠は存しないからこれを以て緊急行為ということはできない。そして被告会社が貨物自動車による運送を業とする会社であり、被告田部井は同会社の被用者であることは当事者間に争がなく、証人西本倉次、同須永重夫の各証言並びに被告本人田部井一利の尋問の結果によれば被告田部井は被告会社のセメント運搬のため、被告自動車の運転に従事中であつたことが認められるから、本件衝突は被告会社の被用者である被告田部井が被告会社の事業の執行につき惹起したものということができる。

しかして、本件衝突の結果原告自動車は大破し運行不能に陥つたことは当事者間に争がなく、証人渡辺久夫、同梅田秀男の各証言により、成立が認められる甲第三号証並びに証人渡辺久夫、同梅田秀男の各証言によれば原告はその修理のために要した合計三十三万九千円と同額の損害を蒙つたことが認められる。

次に被告両名主張の過失相殺について判断すると成立に争のない甲第十一号証並びに証人渡辺久夫の証言、被告田部井一利の供述によれば原告自動車を操縦して進行して衝突現場附近に差しかゝつた訴外渡辺久夫は反対方向より進行して来て原告自動車の右側を通過した被告会社の先頭の車によつて砂塵が立ち込め見透しが極めて悪い状態にありながら、警笛を吹鳴しライトを点滅することなく時速約二十五粁位で道路中央部より稍左側を進行してきたことが認められ、前記認定事実からすれば被告自動車が前方より進行し来たことは確知し得る状態にあることが窺はれ、同人において当時警笛の吹鳴又はライトの点滅により其運転自動車の存在を相手方に知らせる処置をとつたならば右事故は未然に防止し得たことが認められる点からして右過失も亦本件衝突の一因ということができる。然し、本件衝突における最も重要な原因は前記認定の如く、被告田部井において衝突直前ハンドルを右に切つたことによるものであつて、同訴外人としては突如前方に現われた被告自動車が予期に反し原告自動車の左側に向けて進んでくるに及んでハンドルを右に切つて衝突を避ける措置に出ることは経験則上到底期待し得ないところであり、急停車の措置に出たことを以て同人に過失ありということはできない。又訴外渡辺久夫が重量制限超過の鉄材を満載していたことを認めるに足る証拠はないからその点についての同訴外人の特別注意義務違反を認めることはできない。

なお被告会社は被告田部井の選任監督に相当の注意をなしたから同会社に過失がない旨主張する。証人西本倉次の証言並びに被告本人田部井一利の尋問の結果によれば、被告田部井は被告会社入社以来事故を起したことなく性格のおとなしい真面目な人であること、同人は通運課に所属しているが同課の運転手に対しては毎朝通運課長より運転上の注意をしていることが認められる。然し、或事業の為に他人を使用するものが其の選任監督につき相当の注意を為したることにより、被用者が其の事業の執行につき第三者に加えたる損害につき賠償の責を免れるためには前記認定の如く単に被告田部井が入社以来無事故であり、平素の訓戒をなしていたという程度を以ては足りないのであつて其の被用者の経験性格等にも留意し、個別的具体的に常に綿密周到なる指導監督をなすことを要するといわなければならない。従つて、被告会社は被告田部井の選任監督につき相当の注意をなしたと認めることはできない。

しからば被告両名は連帯して、本件衝突により原告に加えた損害を賠償すべき義務を負うものであるところ、証人渡辺久夫の証言によれば、原告会社は資材の運搬をもその業務の一内容としているものであるが、訴外渡辺久夫は原告会社運転手として雇傭され、資材の運搬のために貨物自動車運転に従事中であつたことが認められるから、同訴外人の本件衝突における前記過失は原告会社の業務の執行につき惹起したものということができるので、これを原告の過失として被告両名の損害賠償額の決定につき斟酌してその額は金二十万円を以て相当と認める。

よつて被告等は連帯して原告に対し金二十万円及びこれに対する訴状送達の翌日であること記録上明らかな昭和二十九年十二月三十日から右支払済に至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金を支払うべき義務があるから、原告の請求は右の支払を求める限度において正当として認容することとし、その余の部分は失当であるからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条第九十二条第九十三条を仮執行の宣言につき同法第百九十六条を各適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 池野仁二)

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